ページ

ページビューの合計

2014年7月24日木曜日

心友の死・・惜別:牧野良雄君

去る7月20日(日)、ゼミ仲間の幹事役、片山直輝君から同じゼミ仲間の一人、牧野良雄君が急逝したとの連絡があった。以下は、彼からのメールと私からの返信の冒頭である。
着信・・大石先生を偲ぶ会の件で牧野さんに電話したところ奥様より彼が急逝してしまったと聞かされ驚愕しました。・・自ら健康優良児と称していた牧野良雄氏が亡くなるとは
ただただ驚いています。残念です。・・
返信・・無念です。また一人、心友が世を去り、改めて人生とは何ぞやと考えこむばかりです。大石先生の後を追ったとでも思わないと気持ちが治まりません。・・

日曜日に牧野宅を弔問することになったが、片山君から、君は無理するな何か言いたいことがあればメールをくれ、プリントアウトして霊前に捧げると言ってきたので、「牧野君とは、同じ昭和14年生まれで同郷の誼も有り、格別の思いがありますが、俄かには言葉が出てきません。思いついたら、追ってメールを差し上げます。」と返信したままボーっとしていた。しかし、23日の明け方、彼の夢を見たので、こうしては居られないと汗だくになっていつもの喫茶店へ出かけ、拙い一文を綴って来た。
--------------------
惜別、心友牧野良雄君

豪放磊落な君と何事にも消極的な私とは、本来、反りが合わない筈なのに、初対面のときから不思議と親近感を覚えていました。後に、君が高崎の出だと知って、上州人が東京で抱く違和感を裏返しにした同郷意識の所為だと解ったとき、啄木や白秋が故郷に抱いた感情が理解できるような気がしたものです。当時は未だ、「ふるさと」は、目に見える実在の世界で、東京は異郷そのものでした。
いつか、君の生家を訪ねてみたいと思っていましたが、叶わぬ願いとなってしまいました。君との不思議な縁をどう言ったらよいか、相応しい言葉が浮かびません。
思いつくままに拙い三首を惜別の辞に代えさせてください。

あかぎやま 長き裾野に 遠霞む 西に高崎 東に桐生
おおとねの 清き流れを 育くみし 馬手の烏と 弓手の渡良瀬
同年の ゼミナりストの 声高し 上州訛の 懐かしきかな 

なお、ブログ 「50年前の今日・・・60年代駒場・本郷の一期一会」
に妙高高原池の平寮での大石ゼミ合宿日記を載せましたので、ゼミ生共通の思い出として添付します。
http://50yearsagotoday.blogspot.jp/2014/07/196281624.html

2014年7月20日日曜日

恩師、臣・大石泰彦の死

ゼミの恩師がこの1月に亡くなり、ゼミの先輩(万年ノーベル賞候補の根岸隆東大名誉教授、安倍さんのブレーンを勤める浜田宏一エール大学名誉教授、・・)が発起人になって11月に偲ぶ会をやることになりました。

今年の1月、92歳で没した恩師大石泰彦先生は、マルクス経済学全盛時代の東大経済学部にあって、舘龍一郎教授と相携えて、近代経済学への大転換を成し遂げ、数多の学者を、育て上げた名伯楽ですが、大分県中津の出身で、旧制水戸高校で青年時代を過ごした硬骨漢でもあり、年賀状の返信に、「臣泰彦」と記すことが良く有りました。

経済学部同窓会誌「経友」で先輩が紹介していた文章の抜粋です。

「・・それにしてもこの一年の変わりようは大変なものであった。昔そだちのわたくしにとって、なんといっても類を絶した最大のことは、昭和天皇の崩御であった。年あらたまって間もおかずおなくなりになられ、以後、数ならぬ身のわたくしも、一月二十九日殯宮伺候の儀に参するをゆるされ、そして二月、あの寒い日に御柩をお送り申し上げて、わたくしをとらえたあの、昭和は終った、という心からの実感をどう表現したらよいのであろう。・・(以下略)」 

彼は、この引用の後に続けてこう書いています。
・・これは殆ど「臣・大石泰彦」による真情の吐露といってよいのではないか。私はこの悲痛な文章を読んだ時、直ちに夏目漱石の「こころ」の主人公「先生」の次なる告白を連想したのである。
「・・すると夏の暑い盛りに明治天皇が崩御になりました。其時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったやうな気がしました。・・(中略)・・それから約一ヶ月程経ちました。御大葬の夜私は何時もの通り書斎に坐って、相図の号砲を聞きました。わたしにはそれが明治が永久に去った報知の如く聞こえました。後で考えると、それが乃木大将の永久に去った報知にもなっていたのです。」
明朗闊達で活動的な我々の先生と、沈鬱、内省的な「高等遊民」たる「こころ」の「先生」(その背後に居る実在の漱石)とは、全く対照的な性格の持ち主であるのに、80年の時を隔てて書かれた右の二つの文章の間の驚くべき類似性は、一体何を物語るのであろうか?

以下は、私の参考意見です。
元々、女官と公家達の強硬な抵抗を退けて、宮中改革を断行し、お飾りだった天皇を、真の英明君主に育て上げた日本近代史上最大の功労者は、西郷隆盛であり、その死後も西郷との約束を果たすべく明治天皇を守り続けた山岡鉄舟でした。
鉄舟は、浅田次郎の日経連載小説、「黒書院の六兵衛」 のモデルと思しき人物です。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2013/04/blog-post_17.html

2014年7月11日金曜日

杉原浦千畝美談をどう読むか

日本政府の人種差別反対方針は以前から一貫していましたし、独政府からの要請にもかかわらずユダヤ人受け入れを5相会議で確認済みだったことを有能な外交官であった杉原氏が知らなかったはずがありません。それでも彼が立派だったのは外務省の駆け出し担当官が拘る形式要件を個人の一存で無視してVISA を発給したことですが、帰国後それを咎めるような馬鹿な上役はいませんでした。彼はきちんと退職金も受け取り、死後も遺族は年金を受け続けました。 そもそも、日本政府が外務省切ってのロシア通であった杉原氏を駐モスクワ日本大使館に赴任させようとしたのをロシア政府に拒否された際、独露をつなぐ情報拠点であったリトアニア総領事館への赴任を申し出たのは杉原氏自身でした。任期中の最大の功績は英国内のポーランド亡命政府とドイツ占領下のポーランド地下政府の通信文書を駐英日本大使館と駐リトアニア日本総領事館の外交機密文書に隠して郵送し続けたことです。もちろん、その目的は独露交渉の成り行きを探るためでした。そのために、ポーランドレジスタンスのスタッフを数人総領事館職員として雇っていたそうです。 こんなことは、日本の外務省はじめ英米イスラエルのキーマンが知らないはずはありません。天皇陛下が杉原氏の記念碑に黙礼されたのも全て承知の上でしょう。 みな承知の上で『杉原氏個人の人道話』としておくことで八方丸く収めているのです。 安倍さんがイスラエル訪問中に『偶然』マケイン上院議員に出遭い、それをきっかけに米上下両院会議での演説のきっかけを掴んだというのも『日米英独イ政府間の和解(≒暗黙の同盟)』の一環でしょう。 それを論ってネタニア市長や市民、斑目氏の善意の行動の粗を探すことには百害あって一利もありません。 私たちは、国際外交の駆け引きを承知の上で、それを度外視したかに見える『世紀の美談』を語りついでいくことで、日本人の評価を高めていけばよいのです。

2014年7月10日木曜日

ベン=アミー・シロニー教授 「日本の強さの秘密を探るー日本とユダヤの深い関係」

陰謀論を読む前にこの人の言葉に耳を傾けるべきだと思います。

シャーロット・ド・ロスチャイルドさんのメッセージに通じる良心的ユダヤ人の真意が窺われます。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2014/06/blog-post.html

2014年7月4日金曜日

大衆化社会の罠・・米国合衆国連邦の解体が始まった?

米国合衆国連邦の解体が始まった?
https://www.facebook.com/masuteru.sekiguchi/posts/587072331372984

民主主義の権力者は「大衆」ですが、仏革命以来、大衆が理性的であった試しはありません。好戦的⇔厭戦的の間を往復してきました。

現在の日本は、極端に好戦的な中韓に対して、厭戦気分に活を入れようとしているところですが、理性的に対応しようとしている安倍政権に対して、必ず好戦的になると言い張って居るのが大江等を中心とする「理性的」な「戦後民主主義者」だと言う構図で、実際に、好戦的になる手前の理性的段階で止まれた例が世界史上、存在しない以上、彼らの懸念を一概には否定できません。

しかし、征服戦争を挑む好戦的な相手に無抵抗で迎合すれば、隷属か滅亡しか残されていないと言う現実を認めようとしないのも正気の沙汰とは言えません。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2010/06/blog-post_29.html
戦わずして隷属した民族は、戦って負けた民族以上に悲惨です。
特攻隊で戦死した士官達にも、はっきりそのことを言い残した人が大勢います。
http://www.geocities.jp/kamikazes_site/saisho_no_tokko/oonishi/oonishi_shini.htm

しかし、ネット上に溢れる遺書は、すべて悲劇の主人公として死なざるを得なかったというものか、純真だが無知な愛国青年を思わせるものばかりです。
知覧の展示などは、真っ先に検閲の対称にされたはずですから、世界が賞賛するような理路整然とした正論を述べた遺書や、熟慮の跡がある理性的な動機が記されている遺書が残っているはずがありません。
何よりもまず、戦後の特攻隊員糾弾の世論のなかでは、被害者意識の有る遺族しか展示に協力しなかったでしょう。
これも焚書坑儒の一環でしか無いことを見抜くべきです。

それに付けても、大衆化した社会の操縦は至難の業です。
日英両国は、君主の権威が辛うじて歯止めになっていますが、米中仏露にはブレーキになる物がありません。
米国の各所が国連軍の管理下にあるというのが事実とすれば、ソ連邦に続いて米連邦の崩壊が間近だという指摘も現実味を帯びてきます。
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51931242.html
そうだとすれば、ドナルド・キーンの日本国籍取得も事実上の亡命かも知れませんし、さらに、移民国家化やTPPによる諸制度の共通化の動きも米国エスタブリッシュメントの疎開先にするためだという説を一笑に付す訳には行かなくなります。

反日プロパガンダの新機軸!・・覚醒したつもりのネット世代を丸ごと洗脳

色々な?と思われる事件が続くので、何がなんだか解らなくなったというのが正直な気持ちです。
マスコミの偏向はむしろ売国プロパガンダに近いと言うのは、ネット世代の間では常識になりつつありますが、最近では、ネット世代の台頭を意識した新手のプロパガンダが常套手段となってきましたので、覚醒したつもりのネット世代を丸ごと洗脳しかねないやらせドラマが横行し始めたような気がします。

基本パターンは次の通りです。

①基本的人権や弱者保護、男女平等などの拡大解釈と一方的偏向解釈を定着させる。
②上記に照らして、反論し難い事件を喧伝する。必要なら ”やらせ事件" を捏造する。
③犠牲者をスターとして国際的スキャンダルに仕立て上げる。
④上記の目的は、日本の国益に関わる重要機関や制度に致命傷を与えることであり、犠牲者の人権を守ると言うのは、名目に過ぎない。
⑤犠牲者(又は共犯者)の殆どは、ネット世代の同情を集めやすい同世代の女性である。
⑤見分ける基準は2つ・・いづれも誰が最終的に利益を得たかである。

先ず、尤もダメージを受けたのは誰(人、機関、勢力、国)かであり、
次に、犠牲者と目される人物が、その結果真に悲惨な境遇に置かれたか、逆に弱者の脅迫によって、より有利な社会的地位を得たかである。
この判断に際して、個人的体験や境遇、感情移入は尤も危険で有る。
それこそが、仕掛け人のマーケティングに基づくターゲットだからである。

検討してみてください。
1、従軍慰安婦
2、南京大虐殺
3、小保方事件
4、塩村文夏騒ぎ
5、吉松育美告白
他にもありますか?

小保方事件は、尤も複雑かつ根が深く、私を含めて、なまじ専門知識を持っている心算の人間ほど騙されている可能性がありそうです。

馬鹿は死ななきゃ直らない! ・・武田邦彦さんが解説する「反日日本人

馬鹿は死ななきゃ直らない! というのは、森の石松の名台詞だったと思いますが、この武田教授の意を尽くした解説を聞いてもピンと来ない自虐日本人は、死んでも直らない頓馬だというしかありません。