ページ

ページビューの合計

2014年5月28日水曜日

国民への裏切り 移民受け入れ20万人

日本の運命を左右しかねない大問題!
安倍さんは、どこまで反日官僚と御用審議委員の悪巧みを知っているのでしょうか?

中国の対日工作は、この60年間、途切れることなく続いており、ビデオの中で青山氏も言っていますが、政府のあらゆる部局の役人の中にも工作員が入り込んでいて、学と見識の無い政治家を操っているのです。

日本人は、他民族による支配を受けた経験がないのでその恐しさが判りません。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2013/05/blog-post.html
しかし、漢民族は、つい最近まで異民族である清朝に支配されてきたので、その何たるかを骨身にしみて知っていますから、今度は、 本気で支配者側に回る決意を固めたようです。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2011/04/2011410.html

2014年5月27日火曜日

両陛下わたらせ渓谷鉄道トロッコ列車にご乗車


私も若ければ、花輪あたりで御待ちして自転車で併走したい・・。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=839800216047957&set=a.839800199381292.1073741834.100000539590177&type=1

60年前に観たあの絶景を思い出します。
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=784802244865286&id=561905400488306

『なぜ日本人はかくも幼稚になったか』

これも15年ぶりの読み返し!

『なぜ日本人はかくも幼稚になったか』
福田和也(1996角川春樹事務所刊)

昨日の夕刻、散歩先の喫茶店で、例によって暇つぶしの心算でを読み返してみました。
今の日本が抱える病根が、小気味よいほど的確に指摘されていますので、一読をお勧めします。

2014年5月24日土曜日

日経経済教室: 集団的自衛権論争の総集編

日経経済教室が21日から3日間に渡って3人の論者に集団的自衛権を論じさせました。大きなテーマについては、こうして3日連続で賛成、中立、反対の主張を掲載するのが普通で、企業人には朝日以上の影響力を持っています。
それぞれ、4千字程度有るので詳しくは、紙面を見ていただくしかありませんが、私なりの結論は以下の通りです。

『賛成論:細谷雄一慶大教授』
論点は、「平和対軍国」ではなく、「孤立対協調」と明解。正々堂々たる意見表明。
平和呆けの読者や反日論者の反論にも周到に配慮した論旨。

『中立論:森 肇志東大教授』
他人事のように、懸念と疑問ばかり呈して、結論を言わず。
事実上の否定論に読めるが、この手の論者は、いつでも言い逃れできるような文章を書くことで糊口をすすぐのが通例である。紙面と時間の浪費。

『否定論:酒井啓子千葉大教授』
国際法だの国際世論だのが安倍政権に批判的だというだけ。
この1ヶ月での急変には、知ってか知らずか頬ッっかぶり!
https://www.facebook.com/masuteru.sekiguchi/posts/652691968144353
これまで旨く行って来たのだから余計なことはしないほうがよいという意見に読める。
反日工作員でなければ、平和呆けの典型。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2011/07/blog-post_06.html

2014年5月21日水曜日

「群集心理」考

若い頃は、仕事と直接関係の無い本ばかり読んでいました。 その中の1冊にキャントリルという人の書いた『社会運動の心理学』 という本があります。
27~28歳くらいのときだったと思いますが、地下鉄「南阿佐ヶ谷」駅の出口に在った小さな書店で何の気なしに立ち読みしているうちに、手離せなくなって買ったものです。

記憶に残っているのは、群集心理について、その要因、発端から消滅までの経過、その簡における参加者の心理状態を述べた行りです。
KKKのリンチ集団も、火事場の野次馬や暴徒化した市民デモも、基本的には共通の群集心理の発生から消滅までの経過を辿るということが良く理解できました。
ウクライナ事件や靖国事件、さらには小保方事件も基本的には同じような「群集心理」現象として理解できるような気がします。
それは、彼らの間に何らかの心地よい連帯感が醸成されるということです。

政治家や軍人その他の国家エリートの役割は、こうした集団心理をどういう方向に誘導するかということだと思います。メディアが発達し、かつ多様化した今日において、事態が多少なりとも改善されたのか、或いは益々制御困難になりつつあるのか何とも言えません。

国家に限らず、人間集団が、生きていくためには、協調・協力し、時には結束・団結していくことが必要です。 しかし、「対外敵対は対内結束を促す。逆もまた真なり。」(ゲオルク・ジンメル)という社会学の基本法則は、未だに健在です。
対外協調と対内連帯をどう両立させていくかは、永遠の課題でしょう。

靖国参拝是非論の百鬼夜行

昭和天皇も連合国からA級戦犯として処刑された人達も、本人たちは、国民に対して敗戦の責任があると言っていました。当然のことです。本人たちが潔く責任を負うと言っているのですから、その気持ちを無にして彼らを靖国に合祀して話をややこしくした人達は、愛国者でもなければ、特攻隊員を始めとする殉国者を真に崇敬している人達でもありません。愚かであるか邪しまであるかを問わず、右翼イデオロギーの狂信者に過ぎません。昭和天皇が、東條以下を殉国者として慰霊しながらも、
https://www.youtube.com/watch?v=9yxvBsC4ods&feature=share

合祀に対しては、親の心子知らずだと憤って居られたのは、当然です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E7%94%B0%E3%83%A1%E3%83%A2

明治天皇にも一般国民にも絶大な信頼を得ていた西郷隆盛ですら合祀されていないのですから、一番偉い人達が汚名を引き受けるのは、日本文化の粋です。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2013/04/blog-post_17.html

合祀や、首相の参拝を執拗に要求する人達は、特攻隊員を始め、一般戦死者を出汁にして、悪しきナショナリズムを煽る似非愛国者です。

2014年5月20日火曜日

経堂という土地との奇縁。

蜜蜂大量死は何を意味するのか - 経堂界隈:楽天ブログ

①2歳年上の兄が、インターン時代、国家試験の結果待ちの間、後に教授になった先輩に誘われて、農大通りに面した歯科医院の夜間診療を手伝ったことがあり、駒場に通学していた私も何度か治療して貰ったことが有る。1961年頃のことだ。
http://50yearsagotoday.blogspot.jp/2012/07/196258.html

②1995年に富士通から東京農大を母体とする東京情報大学(千葉市)へ転職したが、辞令を受け取りに出かけた最寄り駅が、何と経堂だった。その後、2008年に倒れるまでの、14年間、毎年の入試や評議委員会出席などで、すっかり馴染みになっていた町だ。

③2010年から書き始めたブログ「病床日記」に富士通時代の上司、山本卓眞さんのことを書こうと思い、レイテ湾で特攻隊長として戦死されたお兄さん(山本卓美中尉)のことを検索していて、このブログに巡り合った。著者が何と言う方か存じ上げないが、卓見に敬服している。

因みに、東京情報大学は、榎本武揚を初代校長として創立された東京農大が、創立百年を記念して設立した姉妹校で、山本さんが経団連の情報部会長だったとき、同じ古河財閥に縁の深い、西郷理事長を全面的に支援して実現したものだと言うことを後で知った。

山本卓美中尉の記事
http://plaza.rakuten.co.jp/kd2006/diary/201009280000/
リアリスト論
http://plaza.rakuten.co.jp/kd2006/diary/201405030000/

2014年5月19日月曜日

日本語論・・その四: 「・・嬉しかったです」という言い方に違和感!

最近、散歩先のコーヒー店で時間を潰すために、自室の本棚から手頃な文庫本を一冊持って行くことにしているが、その結果わかったことは、会社で管理職になる頃からの自分が如何に社畜化し、無教養になったかということである。
もちろん、何も読まなくなったわけではない。しかし、その殆どが専門の金融システムや内外の業界専門誌ばかりで、いまこの歳になって改めて読む価値のあるものは一冊も見当たらないのだ。そこで、持って行く本は、自ずと若い頃、古本屋漁りで、興味を惹かれて購入したポケット本ばかりとなる。

今回紹介するのは、そのうちの一冊、『留学生見た日本語』 1989 佐々木瑞枝(新潮社)である。著者は、駒場の留学生会館の日本語講師であるが、全員が国費留学生という青年男女が、”「てにおは」の使い分け” や 形容詞と形容動詞の違い”、”語尾につける「よ」と「ね」のニュアンスの違い” などに戸惑う様子や著者たちが、その説明に苦慮する様が活写されている。今では、実践レベルでは、それなりの日本語教育法が確立されているかと思うが、印欧語からの焼き直しでない、日本語文法が確立されているがどうかとなると、甚だ心もとない。

最近、私が、気にしているのは、「・・嬉しかったです」とか「楽しかったです」とかいう言い方である。私や私の両親の世代でこんな言い方をする人はいない。団塊世代の妻が平気で使うのでそのつど違和感をいだくのだが、ではどう言えば良いのかと聞かれても、相手を納得させられる言い方が思い浮かばないので、未だに口にしたことは無い。

私だったら、「楽しく思いました」とか「愉快でした」とか言うところだが、では、何故「嬉しかったです」がいけないのかと開き直られたら説明の仕様が無い。
しかし、今朝、寝床の中で、ハッと気が付いたことがある。
天皇・皇后両陛下が、過去のご自分の感想を公の場で、「・・楽しかったです。」といわれるのを聞いたことがあるという人はいないだろう。必ず「楽しく思いました。」とか「楽しく拝見しました。」とか言われるはずだ。
これが、上記のような感情表現の抑制という慣習に基づくのか、「た」という過去を意味する助動詞の後に「です」という現在を意味する助動詞が来てはいけないという文法的制約に基づくのか、日本語学者に聞いてみたい。

小保方論文再論

この問題については、理論物理のように第一発見者としての名誉が最優先される分野と化学や生理学のように応用技術の開発と権利化が優先されるものとでは、発表の時期や表現方法がおのずと違ってくるという常識を持たない人は発言の資格がないと言っておきたい。

前者では、寸秒を競う先陣争いになり、一刻も早く追試による認知を得るために、最大限詳細なデータを公開するのが一般であるが、後者では、出願後15年で切れる独占使用権を長期に渡って保持するためにさまざまな工夫(特許戦略)が必要となる。例えば、優先権を確保するため他の研究者に先んじて基本特許(原理のみ)出願しておき、具体的応用例は、事業化の時期にあわせて小出しに出願して行くなどであり、再現実験が可能になるような詳細データはぎりぎりのタイミングまで出さないか、最後まで出さないことも珍しくない。

いずれにしても研究者の世界で認知されるまでには何年もかかるのが普通であり、最後まで無視されて終わることも少なくない。それは、誰も再現できなかった場合もあるし、誰も興味を示さず、従って再現実験をする者がいなかった場合もある。逆に、何十年か後にノーベル賞を受賞することも有るのだから、今回のように、研究活動の実態を知らない野次馬が恰も人民裁判で断罪しようとするのは、狂気の沙汰である。

学会誌に載る論文の90%以上は、研究者としての、知識とアリバイ(業績)を残すだけの価値しかないような内容で、本人と査読者(通常2人)にしか読まれずに終わるのが実態である。言うなれば、研究を業とする人達の業務報告若しくは学習報告であり、そういう論文ほど内容を棚上げして体裁や引用リストの数に拘る傾向がある。

本件に関しては、中部大学の武田邦彦教授が極めて妥当な解説をしています。
https://www.youtube.com/watch?v=YNsNNatMn6U

2014年5月16日金曜日

2014年5月15日木曜日

「日本文化人類学会の50周年」 小泉潤二

「日本文化人類学会の50周年」を記念して、5月15日~18日まで、幕張メッセで国際研究大会が開催されますが、これは、日本文化人類学会とIUAES(国際人類学・民族科学連合)の共催で世界各国から千数百人が参加する空前の大会議になるそうです。
人種問題やナショナリズムとグローバリズム、移民問題に関するパネルも設けられるそうですから、現在、世界で起こっているあらゆる問題を網羅する議論が展開されるだろうと思います。
http://www.iuaes.org/japan2014/
私も、5年前の身体だったら3日間、授業を全部休講にして、パネルからパネルへ渡り歩くに違いありません。
皆さんの中で、お金と暇と健康の許す方には何よりもお勧めしたい記念すべき一大行事です。この会議の中に今日の世界の縮図を見ることが出来るはずです。

学士会報 No906(2014)より

 
 
 
 
 

「冷戦後の世界と日本外交」 枝村純郎

学士会報 No833(2001)より

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


「国際社会を巧みな外交で生きるとき」 柳 淳 東北大学教授

 学士会報 No906(2014) より

 
 
 

2014年5月10日土曜日

国益を背負った発言はかくあるべし!


現在、日本が置かれている立場を、しっかり踏まえたほぼ完璧な意見表明(プレゼンテーション)だと思います。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20140502-00035005/

国際司法裁判所を提案

IISSで講演する木原政務官(筆者撮影)
IISSで講演する木原政務官(筆者撮影)

安倍首相、菅官房長官、谷内国家安全保障局長体制を支える有能な若手が育ってきたと言うことでしょう。
当分の間(30~50年?)このペースで進み、これが日本外交の常識になれば、事態が今以上に悪化することはなくて済むと思います。
勿論、この発言は、本人や安倍首相の思いつきや、希望的観測による盲打ち(めくらうち)などではなく、その前提として、谷内チーム(機関?)による各国政府機関への周到な根回しがあったはずです。
ここで言う各国とは、米、中、(英、仏、独、露)、(印、ASEAN主要国、・・)(トルコ、サウジ・アラビア、・・)のことです。
決して、個人プレーで手に負える作業ではなく、愛国官僚の涙ぐましい下工作努力があって始めて可能になる大仕事です。
一私企業の商談ですら、何年にも渡るウンザリするくらい面倒な秘密交渉が必要なのですから、まして、国家利益が絡む大舞台で発言する以上、この位の手間は、当たり前だと言うことです。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2012/01/blog-post_31.html

それを、まったく想像できずに、或いは無視して、勝手なことを言っている無責任な政治家やメディア、評論家の知能を疑ってしまいます。
彼らは、本当に、一流大学を卒業したのでしょうか?
それとも、今の日本には一流大学は一校も無いのでしょうか?
米英の一流大学の大学院を出たなどと言って自慢にしている人達もいますが、学部卒の生え抜きで、秘密会員クラブに属していない以上、日本人学生などに、国益に関わるような、内々の議論を聞かせる筈がありません。

2014年5月9日金曜日

誰が世界を支配しているか

大体この世には人種・民族を問わず2種類の人間がいるようです。

「オックスフォードのキャンパスでは世界を誰が支配しているかにしか関心がなく、バリッとした風采の教授が尊敬されるのに対して、ケンブリッジのキャンパスでは、世界(宇宙・自然)がどうなっているかにしか関心がなく、ボロ自転車に乗ってくるような風采の上がらない教授が尊敬される」

という一口話があるそうです。

オックスフォード型の人々がいる以上、NWO謀略が存在して当然でしょう。
ケンブリッジ型の人々には、絵空事に思えるだけです。
日本人も嘗ての武士階級には、前者が大勢いましたが、戦後の日本人は、後者ばかりになってしまいました。

要は、生態系を是認する限り、その前提として生存競争を認めざるを得ませんから、すべての論争は、その限界をどこに置くかに帰着します。
果たして、共食いは、絶対に避けるべきなのでしょうか。
世界には、そう思わない人々が大勢いること、また、強者ほどそれを正当化したがると言うのが現実です。
選民主義者を育む温床といえるでしょう。

イスラム教徒やキリスト教徒に狂信的原理主義者と穏健派がいるように、NWO論者にもシオニズムと一体となった狂信的原理主義者と穏健派がいるはずです。日本にも戦国時代には浄土宗原理主義者がいましたし、今も、(ユダヤ教を騙るシオニストのように)日蓮宗を騙る・・学会員のようなカルト信者がいます。
いずれも、一人の独裁的黒幕とその取り巻きによる欺瞞、洗脳、脅迫・・によって踊らされているところが似ています。
2千年間命脈を保ってきたNWO思想を根絶するのは、困難でしょうから、穏健派による建前的理想論への棚上げを促す方が現実的ではないでしょうか?
それには、数百年かかっても、白人優位の現実を覆す必要があります。
ことはそう簡単ではありません。
http://byoshonikki.blogspot.jp/2010/11/blog-post.html

2014年5月7日水曜日

日本語論・・その三: 「日本人は何か考えているのか?」と「日本人は何を考えているのか」の違い!

洋書の和訳は掃いて捨てるほどあるが、その逆は皆無に近い。
「源氏物語」や「つれづれ草」の英訳本はあっても、「折りたく柴の木」や「原敬日記」の英訳本は無い!
これでは、マッカーサーやキッシンジャーに子ども扱いされても文句は言えない。

有史以来この方、日常の知的活動がすべて日本語で行われて来たということは、一体何を意味するか。
その理由
その結果と功罪
国を挙げて取り組むべきこと(政府すら自覚していない!)
無駄かつ有害な対策(政府がやっていることの大半!)

書きたいことは単行本1冊分もあるが、小保方氏なみの体力もない私には作法に従って引用文献にあたり瑕疵の無い著作に仕上げる余力が無い。
しかし、随筆(エッセイ)という雑文なら、独断と偏見が許される。
片山さつき氏が、クールジャパン推進の効用の一つとして、「反日勢力の捏造史観が既成事実化され、それを否定することが世界のタブーになってしまった以上、公式に反論すればするほど日本叩きの材料にされてしまう。しかし、漫画やアニメに限らず、芸術家が表現の自由に守られた創作の世界でそのタブーに縛られない作品を公開することは出来る・・」と言っているのは卓見だと思う。

ついでに言えば、理論物理学だろうが純粋数学だろうが、オリジナルな仮設はすべて独断と偏見です。明治以降の日本の洋学者が人類の世界観を変えるような成果を挙げられないのは、欧米に先例の無い研究は、周囲の実力者(教授etc.)から、欧米に先行研究が無いというまさにそれを理由にテーマ選択の段階で却下されてしまうからです。
やたら、引用文献リストの多い著作は、それだけ正確なのではなく、それだけオリジナリティのない、学習報告に過ぎないと言うことです。

新通商秩序を巡る駆け引き

新通商秩序を巡るEU、米国、日本の駆け引き

米国は、オバマの中間選挙対策を口実にして、真の狙いが非関税障壁にあることを隠していますが、欧州は、逆にそれが最も重要で、例示として郵政開放や鉄道の安全基準等を挙げ、そのためには、自動車やワインの関税引き下げに応じる用意があると言っています。
日本は、両者の真意を知ってかしらずか、関税交渉だけ騒いで、非関税障壁のことは噯にも出しません。
また、3者とも、ロシア、中国に対して積極的な攻勢に出る意思は無いようです。
一番腹黒い(賢い!)のは何処でしょう?

欧州の正論は、日本を非関税交渉の土俵に乗せるための囮で、日本がその土俵に乗った途端に、米国が豚肉や自動車の関税で妥協する見返りに、欧州案の延長上にあるかの如く装った米国版非関税障壁撤廃案を突きつけてくると言うシナリオもありえます。欧州案をミニマムラインとする米国と、それをマクシマムラインとして抵抗する日本の攻防という構図です。

如何考えても、欧州が主導権を握っているように見えますが、問題は米欧の間に裏取引があるかどうかでしょう。
一週間後には、情勢が急変しているかも知れません。